人気ブログランキング |

蝶をさがして気ままに山歩き


by chosanpo
カレンダー

カテゴリ:その他( 51 )

2年振りに、隣町の北本ねぶたまつりに出かけました。
青森のねぶたまつりを参考にして20年以上の歴史があるそうです。
北本駅西口大通りの両側に屋台がずらり並んでいました。足の踏み場もない程の
見物客でうめつくされていました。盛況でした。
説明文なしの写真を連続で掲載します。
写真は、すべてコンデジの夜景モードで撮影しました。
d0251807_1824431.jpg
d0251807_18245442.jpg
d0251807_1825359.jpg
d0251807_18251888.jpg
d0251807_18252794.jpg
d0251807_18253699.jpg

by chosanpo | 2015-11-10 18:31 | その他

埼玉   花火2015/08/22①

本日は、蝶の写真ではありません。この日は、町内の恒例花火大会でした。
コンデジの花火モードで撮影しました。投稿20分前に撮影しました。
コメントなしで連続掲載します。
d0251807_2114742.jpg
d0251807_2122549.jpg
d0251807_2123439.jpg
d0251807_2124893.jpg
d0251807_2125696.jpg
d0251807_213520.jpg

by chosanpo | 2015-08-22 21:04 | その他
いつもの公園です。下記野生生物写真展を開催しているので立ち寄りました。

野生生物写真展(於北本自然観察公園、~3/24)


展示作品は約50点程で、6割が野鳥、4割が蝶、昆虫等です。
従来にない新しいネタとしては、オオセイボウ、ユキムカエフユシャク、今年1月に
噂になったナベヅルです。
個人情報保護法の観点から、小生と蝶友ヒメオオさんの作品2点のみ掲載します。
写真にガラスが写り込み判りにくい点は、ご容赦下さい。
まづはヒメオオさんの作品です。キタキチョウが複数頭群がって止まっている圧巻
作品です。
d0251807_6244144.jpg

次は、小生の作品です。蝶ではなく野鳥での挑戦応募です。カワセミが獲物を捕ら
えたシーンです。
d0251807_6245262.jpg

by chosanpo | 2015-03-15 06:55 | その他
この日は雨の予報、東京にしばらく行っていないので写真展に行くことにした。
写真展は、12/21(日)までです。
d0251807_15414445.jpg

会場隣のトウカエデの黄葉が見事でした。
d0251807_1528377.jpg

会場に到着すると、中村康弘氏のミニ講演会「絶滅危機のチョウを守る」が始まろう
としていたので聴講致しました。
久し振りにMさんにお会いしました。現在は、写真展等の事務局をされているとのこ
とでした。
d0251807_15282483.jpg

この後、諸先輩の力作を拝見致しました。
午後からダンダラさん、ヘムレンさんがお見えになりしばらく歓談して会場を後にしま
した。帰路途中ヨドバシカメラに立ち寄り、噂のオリンパスTG-3を見ました。
顕微鏡モード、深度合成モードは魅力的ですが、少々高いようです。
d0251807_15283470.jpg

by chosanpo | 2014-12-20 16:13 | その他
歴史探訪シリーズ第6弾(最終回)は、菅谷館跡です。
嵐山町が生んだ忠臣畠山重忠の館跡です。
北条氏の陰謀で二俣川の戦いで絶命します。この時重忠の家来は130騎、鎌倉側
は数万騎の大軍であったそうです。大軍が遠くに見えた時、家来は「今引き返せば間
に合います」と進言したところ、「ならぬ、それは謀反人がすることだ」と言った大河ドラ
マのシーンは記憶に新しい。
この後、重忠の名誉回復がはかられ「忠臣」の名を後世に残す。
d0251807_18241376.jpg

館の本丸跡、堀跡です。
d0251807_18242767.jpg

by chosanpo | 2014-12-10 18:47 | その他
歴史探訪シリーズ第5弾は、大蔵館跡です。 
源義賢(下記)の館跡です。都幾川を望む台地上にあり、旧鎌倉街道そばです。
d0251807_18204772.jpg


源義賢:源頼朝の父の弟、現嵐山町大蔵に館を構える。当時勢力争いをしていた
 兄の手勢に館を急襲され絶命。
源義仲:義賢の嫡男、源頼朝のいとこ。義賢絶命時危うく難を逃れ、地元の豪族
 畠山氏の助力で木曽に落ち延びる。後の木曽義仲である。倶利伽羅峠の戦いで
 平家の大軍を破り上洛を果たすが、京の治安に失敗し朝敵となる。源頼朝の名代
 源義経軍と交戦し敗死。

現在は、大蔵神社となっている。
d0251807_18205670.jpg

大蔵館跡の説明文です。
d0251807_1821531.jpg

by chosanpo | 2014-12-04 18:33 | その他
歴史探訪シリーズ第3弾は、縁切橋です。
征夷大将軍坂上田村麻呂が軍勢を引き連れてこの地に滞在し、岩殿の悪龍退治の
準備をしていると、そこへ将軍の奥方が京都から心配のあまり尋ねて来たといいます。
(事実とは思えない)
しかし田村麻呂は「国の大命を受けて出陣しているのに追い来るとは何事だ、今より縁
を切る、早々立ち去れ」と宣言したといいます。現代の女性が聞いたらひんしゅくを買い
そうな話ですが、国の公務が優先することをアピールする為の逸話だと思います。
現在は、川らしい川が存在しない。
d0251807_1952045.jpg


縁切橋から笛吹峠方面を望む
d0251807_1953222.jpg

縁切橋から笛吹峠方面に少し行った所に田村麻呂を祭る日吉神社があり、その入口
には石碑が建つ。このあたり一帯の地名「将軍沢」は、田村麻呂に由来する。
d0251807_1954385.jpg

by chosanpo | 2014-11-20 19:29 | その他
歴史探訪シリーズ第2弾は、笛吹峠です。
この峠は、旧鎌倉街道の要所です。峠を南下すると鳩山、狭山、所沢――と平地が
続き鎌倉に至る。新田義貞が鎌倉幕府打倒の挙兵(現群馬県太田市新田)をした時
わずか150騎だったそうです。しかし幕府に不満を持つ坂東武者が続々馳せ参じこ
の峠を越える時は何と20万の大軍に膨れていたそうです。
この峠に立って耳を澄ますと兵馬の足音が聞こえてくるような気がします。
勢いを得た義貞は、小手指ヶ原の戦い、分倍河原の戦いに連勝し宿願の幕府打倒
を果たします。
d0251807_18204269.jpg

しかし後醍醐天皇による建武の新政が崩壊すると、足利尊氏と対立し敗死。
その子新田義宗は、弔い合戦の兵を挙げ、父と同じ進路をたどりこの峠を南下して
一度は足利尊氏軍を撃退します。しかし余力をなくし勢いを盛り返した尊氏軍に押さ
れる形でこの峠で対峙するこになります。数的不利を悟った義宗は敗走し越後に落ち
延びる。新田方の総大将宗良親王(後醍醐天皇の皇子)は、敗色濃い夜笛を吹いたと
される。この地名の由来である。
峠から南方の鳩山方面を望む
d0251807_18205141.jpg

by chosanpo | 2014-11-12 20:25 | その他
午後、時々行く公園に立ち寄りました。駐車場が珍しく満車でした。
ひょっとしたらと思い、その場所に行くとやはり嵐山町時代まつり流鏑馬当日でした。
流鏑馬本番の前にいろいろな儀式があります。
以下に前儀式の写真を説明文なしで連続掲載します。
d0251807_18494575.jpg

d0251807_18495899.jpg
d0251807_18502911.jpg

いよいよこの日のクライマックス流鏑馬本番です。
騎手が弓を引いた瞬間です。
d0251807_18504450.jpg

放たれた矢が、的を射ぬいて割れた瞬間です。
d0251807_18505465.jpg

by chosanpo | 2014-11-06 18:58 | その他
歴史好きの小生にとって史跡が多い嵐山町は、蝶以外でも魅力的な土地です。
歴史探訪シリーズとして史跡を数回に分けて紹介致します。
蝶探索して都幾川橋にでました。
d0251807_19365457.jpg

橋のそばには 鎌形八幡神社があります。
悲劇の源氏3代義賢、義仲、義高(下記参照)と縁が深い神社です。

源義賢:源頼朝の父の弟、現嵐山町大蔵に館を構える。当時勢力争いをしていた
 兄の手勢に館を急襲され絶命。
源義仲:義賢の嫡男、源頼朝のいとこ。義賢絶命時危うく難を逃れ、地元の豪族
 畠山氏の助力で木曽に落ち延びる。後の木曽義仲である。倶利伽羅峠の戦いで
 平家の大軍を破り上洛を果たすが、京の治安に失敗し朝敵となる。源頼朝の名代
 源義経軍と交戦し敗死。
源義高:義仲の嫡男、源頼朝の娘大姫の婿(実質人質)となる。義仲敗死後謀殺
 計画があることを知った大姫は、こっそり義高を鎌倉から逃がす。義高は父の故郷
 嵐山町を目指すが、途中の入間川で鎌倉の追手に討たれる。享年12才であった。
d0251807_1937342.jpg

木曽義仲は、畠山重忠と並ぶ地元出身の英雄である。
d0251807_19371457.jpg

境内には、義仲産湯の清水がある。
d0251807_1937231.jpg

by chosanpo | 2014-10-30 20:34 | その他